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スペインとイスラム教(1996年4月   68歳)



スペインに、イスラム教徒がジブラルタル海峡を超えて入ってきたのは、マホメットがイスラム教の布教を開始した年より、僅かに100年あまり後の711年でした。

 イスラム教徒の原動力は、単に武力が優れているだけでなく、教義が近代的であったことと、高度の文明を持っていたからだと言われます

 彼らムーア人は、天文学・化学・医学・数学・農業・美術・建築など、あらゆる分野において、カトリック・ヨーロッパ文化よりはるかに優れていたので、勢力を振るったアンダルシア地方では、800年にわたって多くのイスラムの文化遺産を残しました。

 しかし13世紀になると、一気にキリスト教の勢力が南下し、それまでイスラム勢力の中心であったゴルドバやセビリヤは奪回されイスラム教徒は、グラナダまで撤退しています。

 1238年、グラナダ王として独立したナサリ家のアルアマール王は、イスラム王国の砦、赤い城と言う意味のアルハンブラ宮殿を、現在の所に造りました。

 代が続くたびに王宮は拡張され、特に14世紀、ユスフー、一世と、その子、ムハンマド五世時代の増築は著しく、現在に伝わるコマレスの宮殿やライオンの宮殿等を残しています。 

イスラムのナスル朝は、イベリア半島に残った、唯一のイスラム教国だけれど、キリスト教徒の勢力が圧倒的に強かった周囲に押され、アルハンブラ宮殿は要塞堅固な戦闘用の城ではなく、現世の享楽を刹那的に追い求める王宮になったのも、必然的と言えるようです。

このアルハンブラ宮殿は、世界で最も美しい建造物の1つに数えられ、グラナダを一望に収める丘陵上に立つ、イスラム時代の城郭の中に造られたものです。

20世紀を代表する有名なスペインの随筆家アソリンが、『1度グラナダを訪れ、その後数年あるいは数十年を経てグラナダを訪れても、グラナダは変わっていないであろう。 ただ1つ変わったのは、自分の中を流れた年月である』 と。

けだし、これは名言だと思いました。 何故なら、初めてグラナダを訪れた愛ちゃんにとって、グラナダの町は、世界の何処にも見られないような、500年前の中世の暮らしが、そっくり今も息づいているように感じられたからです。

スペインのアンダルシア地方は地中海に面し、気候風土にも恵まれて陽気で明るいのに、グラナダだけは神秘的な悲愴感が、何処となく漂っているように感じるのです。

イスラムのアルアマール王が、ナスル朝を立てた1238年から、最後の王様が1492年1月2日、スペインのイサベラ・フェルナンド両王に攻撃されて、無血開城するまでの250年余り、22代続いたイスラム王国の栄華の夢は、終わりを告げています。 

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