八十路の旅(岡山県)2008年1月 80歳

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愛ちゃんは、2008年(平成20年)1月9日で、遂に80歳を迎えました。 戦前で80歳と言えば大年寄りで、めったに出会うことも無かったし、聞いた事もありません。 昔、家の近所に腰が直角に近い位曲がった、おばあさんが居ましたが、年は50歳代でした。 でも今では八十代、九十代の人は珍しくありません。 愛ちゃんの同級生は皆80歳代ですが、死亡した人は少ないです。 何がそうさせたのでしょうか。 昔は人生50年と言っていました。 著名人は49歳で死亡が多いです。 それが寿命のように思われていて、それ以上は珍しくて、60歳が還暦。 70歳になると、『人生70年、古来稀なり』 と、中国の詩人。杜甫によって古稀と命名され、定着したようです。 77歳になると、喜の草書体が七十七に見える所から喜寿の祝いになります。 八十は数の多いことを表し、八十島などにも使用されます。 88歳になると、八十八で米を表すので米寿となり、九十歳は卆の字になって人生も卒業とか? 99歳は百から一を取って白寿。 しかしテレビでも百歳万歳と言う番組で、百歳も珍しくなくなりました。 人生も旅の一端で、1般的にそれ以上の祝いは有りません。 愛ちゃんは、人生80年も、なが〜い旅をして来ました。 移動ばかりが旅でなく、日々の歩みも旅と言えるのではないでしょうか! 八十で思い出すのは、有名な詩人西條八十です。 この八十と言う風変わりな名前は、筆名ではなく本名との事。 両親が苦しい事がないようにと、『苦』 に通じる[九]を抜いた「八十」と命名したとか?・・・ 著名な彼は1892年生まれで1970に死亡。 人生は惜しくも78歳で名前の80歳には到達しませんでした。 余談はさて置き、愛ちゃんの80年の旅路も、様々な事が有りました。 生まれは岡山県、0歳で父の勤める朝鮮へ、はるばると旅路。 今は韓国となって、簡単に往来できますが、母の言によれば当時は 親類と別れの水杯を交わしたほどの地の果てだったとか! 終戦で再び岡山県に引き揚げ。 端的に言えば2箇所だけれど、個々には転居の連続でした。 現在の住所に越してきてから既に35年。 これからも生有る限り永住できると思います。 |