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漢拏山横断道路(1990年4月 62歳)



西帰浦の町からの帰路は、済州市から東回りにある海岸に沿った一周道路ではなく、いきなり漢拏山の中腹を横切る横断道路を通りました。 私が子供の頃にも、漢拏山への登山道路はあったのだと思うけれど、それは獣道のような細い山道ではなかったかと思います。

 ところが今では海岸に沿った1周道路だけでなく、南北に横切る主な横断道路も4通りもあります。 勿論この道路は総て漢拏山を越える、険しい山岳道路です。

 西帰浦からの帰りの道は、そのうちの第2横断を通って帰りました。 この道は全長が37km、漢拏山の頂上の西を通りました。 別名が1100道路とも言います。

 それは、この横断道路の最高地点が、1100mの所を通るからです。韓国の中でも最も高い所を通る道路ですが、漢拏山が韓国で1番高い山だから有りうることです。

 この道を通れば南北を1時間で横断できます。 ちなみに1周道路を通ると、2時間半はかかるようです。 この道は、山越えの道路とは言えないほどの、広い立派な道路でした。

 ガイドさんの説明によると、この道路の原型ができたのは戦時中のことで、軍用道路として済州島に駐留にていた日本軍が、鉢巻をして昼夜も分かたず突貫工事をして出来たもので、当時はハチマキ道路と言われていたようです。

 この時の道は今よりも狭く、舗装もされていなかったようだけれど、その後韓国が主要道路として道幅も拡張し、舗装されて現在のような立派な道になったそうです。

 私は戦時末期には朝鮮半島の南西端にある木浦に居住していたので、済州島の戦時体制については直面していなかったのでよくわかりません。 でも、沖縄の次には済州島に連合軍が上陸するだろうと言う憶測で、島の至る所に戦闘用の壕が掘られていたようです。

 専用バスは、第2横断道路を最初のうちは漢拏山を遠望しながら、なだらかな草原を走っていましたが、やがて落葉樹の木立の続く林の中に入りました。

 漢拏山を遠くから眺めると、1木1草も生えていないような青色1色に見えるけれど、近付くに従って、うっそうと樹木が生い茂っているのを見てビックリしました。 なぜなら、今まで漢拏山は遠くからしか見ていなかったからです。

 漢拏山の南斜面は太陽の恩恵を受けるので巨木が茂り、何時の間にか樹木に遮られて頂上さえ見えなくなっていました。 右側には登山道らしい脇道が幾つか有りました。

 漢拏山には高度によって、亜熱帯から寒帯までの1800種類の植物が生えているとか! 特に春のツツジは、遠くから眺めても山全体が薄い桃色に染まって見えるとか聞いたけれど、まだその季節では無くて残念でした。

 1100mの標識のある所で車から下りて休憩。 さすがに空気もひんやりとしています。 沿道には独特の形をした奇岩や、珍しい鳥にも出会いました。

 山岳道路とは言っても、漢拏山は裾野が長く勾配がゆるやかなので際立った崖などはなく、カーブのある坂道を新緑を楽しみながらの、快適なドライブコースでした。

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