←前へ戻る  韓国  次へ進む→

三姓穴(1990年4月 62歳)



済州小学校の中学年では行動範囲も狭く、平生の遊びの庭は精々1km四方ではなかったかと思います。 当時の済州島には乗り物らしい物はなく、遠出と言えば春の遠足くらいです。 遠足でよく出かけた所に 「三姓穴」 がありました。

 三姓穴は、耽羅国(古代済州)の始祖と言われる 高乙那、良乙那、夫乙那 の三神が土の中から生まれ、その穴が三つあるといわれている所です。

 建国の神話は色々あるけれど、その殆どが降臨神話で、地中から生まれたというのは、済州島だけだそうです。 今でも済州島には 高・ 良・ 夫を名乗る姓が多く、その始祖となっているとか。

 私たちが遠足で行った頃には松林があって、その中に芝生に覆われた所があり、穴の周りは鎖で仕切られていました。 ただの窪地が三つあるだけだったけれど、神様が生まれた所と聞いているので、その中に入るのは怖かった記憶があります。 周りには韓国式の古い門や塀があったけれど、自由に出入りが出来ました。 

 この辺りは野草が茂っていて、春にはツクシが至る所に生えていたので、集めて持って帰りました。 夏にはサイシンゴの若い茎をかじったり、ツバナの穂を食べた物でした。 今思い出してもそんなにおいしいものではありませんでしたが、友達同士で競って集めた物です。

 昔、三姓穴への道は石垣に囲まれたワラ屋根の民家が続く細い道を通って、その先にある松林の中に、ヒッソリとあったように思うのに、今の三姓穴は、歩道のある大通りに面していて、入口には朱塗りの大きな門がありました。 あまりの変わりように、まず驚きです。

 今は、その門から中は有料なので、入口で入場料を払いました。 中は流石に有料なだけあって、手入れも行き届き、真新しい韓国式の建物が、処々方々に建てられていました。 この三姓穴は神々の島と言われる済州島の中でも特記されるもので、島民の先祖でもあるので島民の信仰を集めています。 、

 神話によると、今から約 2650余年前、3人の神様がここにある3つの穴から湧出したと言われ、その神様たちは東の国から五穀の種を持ってきた皇女とそれぞれ結婚し、農牧生活を営んだと言われます。

 三姓穴は神話的なものと、耽羅国という歴史的なものが絡み合って、聖地とされています。

 1526年に朝鮮朝の牧師李寿童がここに紅門を建て、石垣を巡らせて聖域としたのが三姓穴の始まりと伝えられます。

 奥の方には見覚えのある昔からの建物も残っていました。 境内の松が昔より遥かに大きく成長しているように思えました。 それは私が子供で小さかったからかもしれません。

 境内の林の中に、原色の純粋な韓国式の花嫁衣裳をまとった新婚のカップルが、寄り添って歩いていたのが見えました。 東方から来た皇女と、三姓穴から生まれた神様が、現実に現れたような錯覚を覚えました。

 もしかして日本の神話に出てくる高天原とは、済州島ではなかったかとも錯覚します。 いずれにしても地理的に韓国と日本は、1番近い国です。

←前へ戻る  韓国  次へ進む→

世界地図へ / 一覧へ / トップへ